南部独立で地下資源を失ったスーダン

南スーダンが分離・独立するまではアフリカ最大の国土を誇っていた東アフリカの一国「スーダン(スーダン共和国)」。単に面積がアフリカ3位に転落したばかりではなく、もっと影響があるのが豊かな地下資源を失ったこと。同国は他のアフリカ諸国同様、植民地からの独立早々から続くクーデターの連続で、第一次内戦、第二次内戦という内戦を繰り返し、国内産業は疲弊しきっている、というような状況が続いていました。もともとスーダンという国は、エジプトをも征服していたクシュ王国で栄えた時期もあったと伝えられています。そのことを示すのが同国メロエにある「ヌビアのピラミッド」遺跡。ところがその後アッシリア軍勢に屈しエジプトを失い、逆にそのエジプトに征服されたのが19世紀前半。1840年からエジプトとイギリスの共同統治下にあり、1956年に独立。もともと北部アラブ系民族と南部非アラブ系民族の対立関係があったものがその後も継続し、1958年からのアブード政権、1977年からのヌメイリ政権と続けられた南部イスラム化政策でその対立は深まるばかり。その表れが南部地域の独立への闘い。2003年には西部ダルフール地方での政府系民兵と反政府系勢力との武力衝突。なんと一つの国の中で二つの争いが続くという異常事態へ発展。2011年南部は念願かなって独立し、ここに延々と続いていた南北紛争もようやく終結をみることとなりました。

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